トヨタ自動車が子会社、富士スピ―ドウエイ(FSW)におけるF1開催からの撤退方針が2転3転どころか、5転6転したうえでの最終決定だったことが1日までに明らかとなってきた。
トヨタが今年3月末までにF1日本グランプリ(GP)開催権の返上をタイムスケジュールにのせながら、経営陣の意見の違いでなかなか正式決定に至らなかったいきさつはマガジンX8月号(6月26日発売)で詳しくスクープしたとおりだ。しかしそれは話しのスタートから3転4転目までの経緯で、さらにその先5転6転したのはF1界分裂の動きが絡んでいた。
3月末時点でF1開催撤退を主張していた主要な役員は渡辺捷昭社長(現副会長)をはじめ、木下光男副社長(現トヨタ車体会長)、豊田章男副社長(現社長)など。これに対して開催継続を主張したのは岡本一雄副社長(現副社長)、齋藤明彦元副社長(現ダイハツ会長)。慎重論を唱えたのが奥田碩取締役相談役(現相談役)。白紙の立場だったのは豊田章一郎名誉会長(現名誉会長)。返上・継続両にらみのスタンスだったのが張富士夫会長(現会長)といった構図だった。
一度は返上に傾いたが、FSW元会長でもあった齋藤元副社長や技術部門トップの岡本副社長などが中間的立場にいた張会長に働きかけ、継続への巻き返しを図る。渡辺社長、木下副社長退陣の流れもあり、返上に慎重という慎重派も含めて継続派が多数を占めるに到ってF1開催撤退は座礁に乗り上げたかのように見えた。しかし次期社長に内定していた章男副社長が撤退の主張を譲らず、再度、撤退方針に固まった。
これを豊田名誉会長、奥田相談役に報告に上げた時点で、奥田相談役から「そんなに急ぐことはないのではないか」と言われ、再再度座礁に乗り上がる。奥田氏の脳裡にあったのはF1界が分裂しかねない状況のことである。F1参戦チームで構成するF1チーム協会(FOTA)が時折りしも、国際自動車連盟(FIA)が来季導入を決めたコスト削減策に猛反発し、新たなF1シリーズ設立の立ち上げも辞さないとの動きが出ていた。トヨタはフェラーリなどとともにそのムーブメントの渦中にあり、もしそうなればFSWで開催とか撤退とか以前の問題となる。「(F1シリ―ズ自体がどうなるか分からないのに、ウチの方から先に開催権を返上するなんてことを)そんなに急ぐことはないのではないか」というわけだ。章男副社長自身(当時)はあくまで旧経営体制の中で撤退を決定したい意向のようだったが、奥田相談役の考え方が結果として撤退反対派も慰撫する調整弁となっていたようだ。
しかし6月24日、FIAが規制案を自ら取り下げる形でFOTAと合意し、F1シリーズの分裂が回避された。このためトヨタ側が、これ以上F1開催権返上の正式発表を遅らせる理由は無くなった。FSWは現在、F1無き後の新たな運営計画の策定作業を急いでいるもようだ。策定を終え次第、近日中に撤退を正式発表する。ただし、充分な新運営計画を早急にまとめることができなければ、時間切れで記者会見を開かずに「諸般の事情を鑑み、F1日本GPの開催権を返上する」としただけのニュース・リリースのマスコミ配布にとどめる可能性もある。
(産業ジャーナリスト:山下雄璽郎)
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